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大阪地方裁判所 平成6年(ヨ)2345号 決定

甲事件債権者

金子政男こと金鐘奎

甲事件債権者

千葉鉦一

甲事件債権者

千葉こと 築山栄子

乙事件債権者

本岡敏秀

債権者ら代理人弁護士

大川一夫

松本健男

丹羽雅雄

養父知美

甲乙事件債務者

阪神観光株式会社

右代表者代表取締役

中山裕之

債務者代理人弁護士

北方貞男

主文

一  債権者千葉鉦一及び債権者築山栄子が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は債権者千葉鉦一に対し、金二五万円及び平成七年一〇月から第一審の本案判決言渡しまで、毎月五日限り、金二五万円の割合による金員を仮に支払え。

三  債務者は債権者築山栄子に対し、金一五万円及び平成七年一〇月から第一審の本案判決言渡しまで、毎月五日限り、金一五万円の割合による金員を仮に支払え。

四  債権者金鐘奎及び債権者本岡敏秀の申立て並びに債権者千葉鉦一及び債権者築山栄子のその余の申立てをいずれも却下する。

五  申立費用はこれを四分し、その一を債権者金鐘奎、その一を債権者本岡敏秀の負担とし、その余は債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  甲事件

1  債権者らが債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者金鐘奎(以下「債権者金子」という。)に対し、平成六年八月から本案判決確定まで、毎月五日限り、金六四万一六六六円の割合による金員を仮に支払え。

3  債務者は債権者千葉鉦一(以下「債権者鉦一(ママ)」という。)に対し、平成六年八月から本案確(ママ)定まで、毎月五日限り、金五一万一三七五円の割合による金員を仮に支払え。

4  債務者は債権者築山栄子(以下「債権者栄子(ママ)」という。)に対し、平成六年八月から本案判決確定まで、毎月五日限り、金三三万八一六六円の割合による金員を仮に支払え。

二  乙事件

1  債権者(以下「債権者本岡」という。)が債務者に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は債権者本岡に対し、平成六年一〇月から本案判決言渡しまで、毎月五日限り、金四六万四四五七円の割合による金員を仮に支払え。

第二事案の概要

債権者らは、債務者から不当に解雇されたと主張して、労働契約上の地位の保全と賃金の仮払を求めたが、債務者は、債権者金子については解雇の合理性を主張して、債権者千葉、債権者築山及び債権者本岡については合意退職(予備的に解雇の合理性)を主張して、これを争った。

一  債権者らの主張

1  債務者は、パチンコホールの経営等を業とする株式会社であって、大阪市の福島区内にパチンコ店「阪神ホール」、西成区内にパチンコ店「ニュー大阪」を経営している。

2(一)  債権者金子は、平成元年一一月五日、ニュー大阪のマネージャーとして、債務者に雇用され、解雇がなされるまでの一年間、賞与を含め、月額平均六四万一六六六円の支払を受け、これによって生計を維持してきた。

(二)  債務者は、債権者金子に対し、平成六年七月一五日、口頭で、同月二〇日、書面により、解雇の意思表示をした(以下「金子の解雇」という)。

3(一)  債権者千葉は、昭和六三年九月一五日、ニュー大阪の従業員として、債務者に雇用され、解雇がなされるまでの一年間、賞与を含め、月額平均五一万一三七五円の支払を受け、これによって生計を維持してきた。

(二)  債務者は、債権者千葉に対し、平成六年七月一五日、口頭で、解雇の意思表示をした(以下「千葉の解雇」という)。

4(一)  債権者築山は、昭和六三年九月一五日、ニュー大阪の従業員として、債務者に雇用され、解雇がなされるまでの一年間、賞与を含め、月額平均三三万八一六六円の支払を受け、これによって生計を維持してきた。

(二)  債務者は、債権者築山に対し、平成六年七月一五日、口頭で、解雇の意思表示をした(以下「築山の解雇」という)。

5(一)  債権者本岡は、平成四年八月ころ、阪神ホールの店長として、債務者に雇用され、解雇の直前、月額四六万四四五七円の支払を受け、これによって生計を維持してきた。

(二)  債務者は、債権者本岡に対し、平成六年九月一一日、口頭で、解雇の意思表示をした(以下「本岡の解雇」という)。

なお、債権者本岡は、退職届けを提出しているが、右届けは、正常な判断能力がないまま書かされたものであって無効である。

6(一)  債権者金子、債権者千葉及び債権者築山の解雇は、即時解雇であるところ、所定の要件を充たしておらず、また、通常解雇としても、合理的な解雇理由に基づかないものであって解雇権の濫用であるから、いずれにしても無効である。

(二)  債権者本岡の解雇は、通常解雇であるが、合理的な解雇理由に基づかないものであって解雇権の濫用であるから、無効である。

二  債務者の主張

1(一)  債権者金子は、店長としての資質に欠け、適切な職務の遂行を怠り、業績の悪化を招いたものであるところ、任務に背き、客が獲得した景品玉でない玉を計数器(ジェットカウンター)に流して景品換えのレシートを作成するといった不正な玉流しをして、債務者に多大の損害を与えたばかりか、パチンコ機械別売上記録を破棄し、保存を怠った。したがって、金子の解雇には、合理的な理由があり有効である。

なお、金子の解雇は、通常解雇であって、即時解雇ではない。解雇予告手当てが支払われていないのは、手続上の行違いに過ぎない。

もっとも、債権者金子には、前記非違行為があるから、即時解雇としても有効である。

(二)  しからずとしても、債務者は、債権者金子に対し、平成七年八月三日、雇用契約を解雇(ママ)する旨の意思表示をした(以下「予備的解雇」という)。

2(一)  債権者千葉は、合意退職したものであって、解雇されたものではない。

(二)  債権者千葉主張の解雇の意思表示が認められるにしても、千葉の解雇には、次のとおり正当な理由があった。

(1) 債権者千葉は、債権者金子と意思を通じて、不正な玉出しをし、債務者に対し多大の損害を与えた。

(2) 債権者千葉は、金銭管理の義務を負っていたものであるところ、債務者の代表者から、コンピューターによる売上高の集計額と現金高との不一致について説明を求められたにもかかわらず、適切な説明をしないで立ち去った。

(3) 債権者千葉は、いわゆる賞品用の文鎮を、債務者が認めていない支出の支払手段等として、不正に使用した。

(4) 債権者千葉は、村井義久に対し裏口の修理工事代金を文鎮で支払っていたにもかかわらず、現金で支払ったよう見せかけ、業務上保管中の現金二万円を横領した。

3(一)  債権者築山は、合意退職したものであって、解雇されたものではない。

(二)  債権者築山主張の解雇の意思表示が認められるにしても、築山の解雇には、次のとおり正当な理由があった。

(1) 債権者築山は、債権者千葉及び債権者金子と意思を通じて、不正な玉出しをし、債務者に対し多大の損害を与えた。

(2) 債権者築山は、債権者千葉に同調し、職場を放棄し、出勤しなかった。

4(一)  債権者本岡は、合意退職したものであって、解雇されたものではない。

(二)  債権者本岡主張の解雇の意思表示が認められるにしても、本岡の解雇には、次のとおり正当な理由があった。

(1) 債権者本岡は、債務者と敵対する甲事件債権者らのため、その者らの主張が正しいと誤解されかねない証明書を自ら作成し、また、部下の従業員に作成させた(右行為は、軽率であるばかりでなく、債務者・オーナーに対し極めて背信的なものである)。

(2) そこで、債務者は、債権者本岡に対し、降格処分をしたが、債権者本岡はこれを拒否した。

5  債権者らは、十分な資力を有しており、保全の必要性はない。

三  争点

1  債権者金子について

(一) 債務者主張の解雇事由があるか。

(二) 即時解雇は有効か。

(三) 通常解雇は有効か((1)通常解雇としての効力、(2)解雇権の濫用)。

(四) 保全の必要性。

2  債権者千葉及び債権者築山について

(一) 解雇か合意退職か。

(二) 解雇は有効か。

(三) 保全の必要性。

3  債権者本岡について

(一) 解雇か合意退職か(退職届けは有効か)。

(二) 解雇は有効か。

(三) 保全の必要性。

第三判断

一  債権者金子について

1  債務者主張の解雇事由について検討する。

債権者金子は、債務者主張のとおり、客が獲得した景品玉でない玉を計数器に流して景品換えのレシートを作成していたものであるところ(〈証拠略〉)、同債権者は、補給玉のトイの幅が狭くて玉の流れが悪く、出玉の補給が追いつかないため、補給タンクが空になって玉が出ない場合について、補償のため玉を計数器に流していたものであって、このような補償方法(以下「計数器による補償」という。)は、債務者のニュー大阪店で従来から行われてきたものであり、債務者の代表者も承認していたところであって、不正なものではないという。

しかしながら、疎明資料(〈証拠略〉)によると、(1)補給タンクが空になって玉が出ない場合には、該(ママ)機械の操作により補償するのが他店の通常の扱いであって、計数器による補償はされていないこと、(2)計数器による補償は、安い単価の玉でプレイの続行ができなくなり、客にとって不利であるから、現実に機械にトラブルがあったのであれば、そのような補償方法は客の不興を買い採り得ないこと、(3)計数器による補償は、午前一一時ころから一二時ころまでの間に決まったようになされているが、補償を要するような故障が右時間帯に恒常的に発生していたとは考えられないこと、(4)計数器による補償は、一日一〇万円ないし二〇万円(多いときは三〇万円)に及んでおり、傍目にも異常な事態であって、補償の際には、一部の従業員が(ママ)その場から遠避けるなど人目が憚られていたこと、(5)業者の説明によると、債権者金子がいうような故障が多発することはあり得ず、本店から派遣された従業員の調査によっても、頻繁に補償が必要となるような事態は発生していないこと、(6)債権者金子は、客の不当な要求に対し、毅然とした態度で接しておらず、一部の不良な客のいうがままになっていたものであって、その後を任された店長に対し、前の店長は補償してくれたといって不当な補償要求がなされていること、が一部認められるから、同債権者の主張は採り得ない。

以上によると、債権者金子は、債務者主張のとおり、店長としての任務に背き、不正な玉流しをし、債務者に多大の損害を与えたものであるといってよい。

2  即時解雇の効力について検討する。

労働基準法二〇条の「労働者の責に帰すべき事由」とは、労働者の地位、職責、継続勤務年限及び勤務状況等に鑑み、該事由が同条の保護に値しないほど重大で悪質な事由をいうものと解すべきである。

これを本件についてみると、前記1のとおり、債権者金子は、店長としての任務に背き、不正な玉流しをし、債務者に多大の損害を与えたものであるが、同債権者が右行為に及んだのは、客とのトラブルを避けんがためであって、不正な見返りを求めて右行為に及んでいたわけでなく(〈証拠略〉)、また、パチンコ機械別売上記録の保存を怠った点も、債務者の指示が十分でなかった憾みがあるから(〈証拠略〉)、いまだ即時解雇の要件が備わっていたとはいい難い。

そうすると、債務者が、即時解雇に固執するのであれば、金子の解雇は無効である。

3  通常解雇の効力について検討する。

労働基準法二〇条が定める予告期間をおかず、解雇予告を(ママ)提供することなく行われた解雇であっても、使用者が即時解雇に固執する趣旨でないことが明らかで、解雇された労働者が解雇予告手当ての支払を請求すれば、速やかにその支払がなされたといえるような場合には、解雇の意思表示から三〇日の経過をもって解雇の効力が生ずるものと解してよい。

これを本件についてみると、債務者は、金子の解雇に際し、「法律の定めは守る」といった発言をしていたものと一応認められるが(〈証拠略〉)、その趣旨は必ずしも定かでないところ、本件審理は即時解雇の効力を専ら争点として進められてきたものであり、その終結に近くなるまで、債務者から解雇予告手当て支払の意思は全く示されておらず(〈証拠略〉)、債務者においては、即時解雇の要件が十分具備されているものと確信し、同債権者の不正を厳しく追及していたものであって、即時解雇に固執する趣旨でないことが明らかであったとはいい難い。

そうすると、平成六年七月一五日ないし二〇日になされた金子の解雇は、通常解雇としてもその効力を有しないというべきである。

4  次いで、予備的解雇の主張について検討するに、債務者は、平成六年七月一五日ないし二〇日の解雇が通常解雇である旨明言のうえ、平成七年八月三日到達の書面により、通常解雇の意思表示をしたものであるところ(〈証拠略〉)、前記一1によると、右解雇には通常解雇としての合理性があり、解雇権の濫用とはいい難い。

5  保全の必要性について検討する。

以上検討したところによると、債権者金子は、平成六年八月分から予備的解雇の効力が生じた平成七年九月三日までの賃金の支払請求権を有することになるが、過去分の賃金の仮払については、それ相当の必要性を要すべきものと解すべきところ、疎明資料(〈証拠略〉)を精査するも、これを肯定するに足る事実の疎明はない(〈証拠略〉を鵜呑みにしたわけではない)。

二  債権者千葉について

1  合意退職の主張について検討する。

(一) 疎明資料によると、債権者千葉は、「もうあがるわ」といい残して事務所を去ったまま、職場に復帰しなかったものであるところ、債権者と債務者の代表者とのやり取りは、大略次のとおりであったものと一応認められる。

債務者代表者「センサーをさわっているのは誰や。適当にセンサーをさわって売り上げをごまかしているんやろう。」

債権者千葉「絶対そういうことはできませんよ。」

債務者代表者「三度の売上データーをどこにやったのか。」

債権者千葉「そういうのは最初からとってません。」

債務者代表者「証拠をなくすためほかしたんやろう。」

債権者千葉「そんなことはありません。」

債務者代表者「正直にいいや。」

債権者千葉「言うておりますがな。」

債務者代表者「金子になんぼ金やったんや。」

債権者千葉「なんですか。何のやる金があるのや。」

債務者代表者「絵をかいてるやろう。」

債権者千葉「何で絵をかくんや。そんな泥棒扱いするな。でるところでてきっちり話をつけたる。もうあがるわ。」

(二) 右事実によると、債権者千葉は、債務者の代表者から不正を働いたとの疑いをかけられたうえ、解雇を言い渡されたものと腹を立て、前記言動に及んだものであり、辞表を叩き付けたい心境にかられていたことは明らかであるが、「もうあがるわ」といったからといって、退職の意思表示をしたものとは解し難い。

したがって、債権者千葉が合意退職したとの主張は理由がない。

2  解雇の主張について検討する。

(一) 債権者千葉は、債務者から、事情聴取を受けた際、「出て行け」といって、解雇を通告されたというが、債務者は、これを否定しており、他に解雇の意思表示がなされたと認めるに足る疎明資料はない。仮に債務者の代表者が「出て行け」といったしても、前後の文脈に照らすと、それは、債権者千葉が「もうあがるわ」といった後の言動であり、いわば売り言葉に買い言葉に過ぎないものであって、解雇の意思表示とは解し難い。債権者千葉は、債務者から、解雇されたと誤信したに過ぎないというべきである。

そうすると、債務者の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(二) また、仮に解雇の事実が認められるにしても、千葉の解雇は、即時解雇とみるほかないものであるところ、債務者主張の解雇事由のうち、(1)債権者金子と意思を通じて、不正な玉出しをしたとされるに(ママ)ついては、積極的に関与しておらず、(2)債務者の代表者から、コンピューターによる売上高の集計額と現金高との不一致について説明を求められたにもかかわらず、適切な説明をしなかったとされる点については、些か礼を失するところはあったにせよ、職務を放棄したものではなく、(3)いわゆる賞品用の文鎮を不正に使用したとされる点については、ルーズさは多(ママ)いに責められるにせよ、私的に使用したものではなく、(4)裏口の修理工事代金を文鎮で支払っていたにもかかわらず、現金で支払ったように見せかけ、現金二万円を横領したとされる点については、その疑いが大いにあるが(同債権者は、現金で支払った旨主張するが、〈証拠略〉に照らすと、不正の疑いは拭い切れない。)、同債権者が、これまで長年の間、まじめに勤めてきており、債務者も、合意退職したのでないというのであれば、引き続き雇用してもよいと考えていたこと等を考え併せると、いまだ即時解雇の要件が備わっていたとはいい難い。

そうすると、解雇の主張は、いかなる意味においても理由がない。

3  保全の必要性について検討する。

(一) 労働契約上の地位の保全は、社会保険の維持等のため必要性があるものと一応認められる。

(二) 疎明資料(〈証拠略〉)によると、(1)債権者千葉は、債権者築山との二人暮らしであるが、その生計は、二人の収入によつて賄われてきたこと、(2)債権者千葉は、解雇前、給与として月額五一万一三七五円(ただし、一時金を含む。)の支払を、債権者築山は、解雇前、給与として月額三三万八一六六円(ただし、一時金を含む。)を受けていたこと、(3)現在、債権者千葉も債権者築山も無収入である(〈証拠略〉によると、やや疑問ではあるが、前夫の遺族年金は、前夫の子に渡されている。)こと、(4)住居は、持ち家で、ローンはないこと、が一応認められる。

(三) 右事実のほか平均的家庭における標準的な家計支出等をも考え併せると、債権者千葉に対しては、平成七年九月以降毎月二五万円の金員の仮払が必要であると一応認められる(後述する債権者築山の収入を加えると、月額約四〇万円の生計費が確保されることになる)。

(四) なお、過去分の賃金の仮払については、それ相当の必要性を要すべきものと解すべきところ、疎明資料(〈証拠略〉)を精査するも、これを肯定するに足る事実の疎明はない(〈証拠略〉を鵜呑みにしたわけではない)。

三  債権者築山について

1  合意退職の主張について検討する。

疎明資料(〈証拠略〉)によると、債権者築山は、債務者の代表者の事情聴取を受けていたところ、夫の債権者千葉から、「早く帰ろう」と促されて事務所を去ったまま、職場に復帰しなかったものであって、同債権者の場合と同様、退職の意思表示を表示したものとは解し難い。

したがって、債権(ママ)築山が合意退職したとの主張は理由がない。

2  解雇の主張について検討する。

(一) 債務者が、債権者築山に対し、解雇の意思表示をした事実は全くないから、債務者の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

(二) また、仮に解雇の事実が認められるにしても、築山の解雇は、即時解雇とみるほかないものであるところ、債務者主張の解雇事由のうち、(1)債権者金子と意思を通じて、不正な玉出しをした点については店長である債権者金子の指示に従ったに過ぎず、(2)債権者千葉に同調し、職場を放棄し、出勤しなかったのは、事後的な事情に過ぎないし、債権者千葉と債務者の代表者との前記のようなやり取り等を考え併せると、無理からぬ点もあるから、いまだ即時解雇の要件が備わっていたとはいい難い。

そうすると、解雇の主張は、いかなる意味においても理由がない。

3  保全の必要性について検討する。

(一) 労働契約上の地位の保全は、社会保険の維持等のため必要性があるものと一応認められる。

(二) 前記二3の事実のほか平均的家庭における標準的な家計支出等をも考え併せると、債権者築山に対しては、平成七年九月以降毎月一五万円の金員の仮払が必要であると一応認められる(前述した債権者千葉の収入を加えると、月額約四〇万円の生計費が確保されることになる)。

(三) なお、過去分の賃金の仮払については、それ相当の必要性を要すべきものと解すべきところ、疎明資料(〈証拠略〉)を精査するも、債権者千葉と同様、これを肯定するに足る事実の疎明はない。

四  債権者本岡について

1  合意退職の主張について検討する。

(一) 疎明資料(〈証拠略〉)によると、(1)債権者本岡は、平成六年九月一一日午前一〇時ころ、債務者の本店事務室に呼びつけられ、債務者に不利な裁判資料(〈証拠略〉)の作成に関わったことを糾弾されたうえ、債務者の代表者から、「主任または一般従業員に降格するか」、それとも、「解雇予告手当ての一か月分と給与をもらってやめるか」といわれたこと、(2)これに対し、債権者本岡は、債務者の待遇が取り立てて良いわけではなく、転職が困難であるとも思っていなかった(同債権者が自認するところである。)ところから、降格されるなら、辞めるしかないと考え、債務者が差し出した退職届けに自ら署名し、指印を押したこと、(3)そこで、債務者は、債権者本岡に対し、九月分の給与として日割計算による一七万円と解雇予告手当てとして四六万四四五七円の受領を求めたこと、(4)これに対し、債権者本岡は、「月給制ですのでまるまる一カ月分をもらわないと」といって、九月分の給与について日割計算ではなく、一か月分全額の支払を要求したこと、(5)そこで、債務者の代表者は、顧問弁護士の事務所に電話して助言を仰ぎ、「とりあえず、(八万円を加え)二五万円にして支払う。あとははっきりした時点で差額を支払う」ことにしたこと、(6)これに応じて、債権者本岡は、九月分の給与として二五万円と解雇予告手当てとして四六万四四五七円を受け取り、その旨の領収書を交付し、同日午前一一時三〇分頃、事務所を辞したこと、が一応認められる。

(二) 右事実によると、債権者本岡は、合意退職したものであって、解雇されたものといい難い。

債権者本岡は、退職届けは正常な判断能力を欠いたまま書かされたものであり、真意に基づくものではないから無効であるというが、疎明資料に(〈証拠略〉)よると、(1)債権者本岡は、平成六年二月、債務者から解雇される不安にかられ、釜ケ崎地域合同労働組合に加入していたものであって、権利意識に目覚めていたものであるうえ、前日、ニュー大阪店の松山主任が、債務者に不利益な裁判資料の作成に関わったことを理由にして解雇されたことを聞かされており、債務者の事務所に赴くに際しては、それ相当の覚悟をして出掛けたものであること、(2)また、債権者本岡は、店長としての職務をこなしてきたもので、十分な判断能力を有していたものであるところ、債務者の代表者から「降格か退職か」と迫られた際にも、前記四1(4)のとおり、主張すべきことはしているのであって、債務者のいう降格か退職かといった選択ではなく、甲事件債権者らのように、法的救済を求める途も選び得る状況にあったし、少なくとも所属組合や甲事件債権者と相談するため、結論を留保することはできたこと、(3)しかるに、債権者本岡は、前記四1(5)のとおり、なんの留保もなく退職届けを提出し、解雇予告手当てを受け取っている(同債権者は、円満退職である旨の記載を拒んだというが、そのことから、右届けについてなんらかの留保がなされたとは解し難い。)こと、が一応認められるから、債権者本岡の主張は採り難い。

債権者本岡は、退職届けを提出した後、所属組合に赴き、組合の委員長や債権者千葉らに会い、翌日、債務者に解雇予告手当ての返還に赴いている(〈証拠略〉)が、右事実も前記認定を左右するに足るものではない。

2  そうすると、債権者本岡の申立ては、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四(ママ) 結語

以上検討したところによると、債権者金子及び債権者本岡の申立てはいずれも理由がないからこれを却下し、債権者千葉の申立ては、労働契約上の地位の保全と平成七年九月から第一審の本案判決言渡しまで一か月金二五万円の割合による金員の仮払を、債権者築山の申立ては、労働契約上の地位の保全と平成七年九月から第一審の本案判決言渡しまで一か月金一五万円の割合による金員の仮払を求める限度で理由があるから右の限度でこれを認容し、その余は理由がないから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 佐藤嘉彦)

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